​日々思う

すれ違いざまに“ちっちゃかいの”が足元にまとわりついてきた。

“かわいい”ポメだなこれ。

私はといえば時折“猫的ツンデレ”をみせる柴犬が好き。

たまらなくかわいい!ぶきっちょな甘え方や、弾力ある筋肉、鼻突合せで話ができそうな顔、

ああたまらない・・・んんん~思い出しちまった!

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「小犬のワルツ」の出のところ、いかにも小犬がくるくる回っているようで------

おなじ短いフレーズの繰り返しがちょこっと前奏に使われている。慣れ切った私は気分の方が先へ行ってしまって、その“チロチロ“を弾きだしたら止まらなくなっておそらく倍の長さは弾いたと思う

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スラーはlegato奏を指示しているとは限らない。フレーズを表している場合だってある。

分からないときは声を出して歌ってみるのがいい。

忘れもしない中学の音楽の先生は専攻が声楽だったので教えるときは何につけ歌いこむこと歌いこむこと!♪ラリ~ラーリ~と胸を張って歌っていた。もちろんありがたいことでした。

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うちの子運動系がダメなのでピアノかオルガンかやらせたいと思ってるんだけど・・・

どうしてオルガンが登場するのか珍しいと思って尋ねたら、家にあるのよ昔私がやってたの。と言うから、ピアノにしといたら?で済ませた。どのくらい昔だか知らないが、楽器はエレクトーンらしいし、“だいいち脚もぶらぶらのうちにやらなくたっていいじゃない”と腹のうちで思いつつ、「ピアノの方が体つくりにいいわよ」と言っておいた。実際の話

 

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名画「ひまわり」知っているようで知っていない。観たことはあるがどれだかわからない。

6枚もあるのだもの。が、実は7枚あったと知った。そのうちの1枚は日本にあって戦災で焼失されたそうだ。写真が残っていた。燃えるような色、花瓶から飛び出してきたようなひまわりーこの1枚を私は最も観たい!

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「フェイクした方が良いと思うけど」-きれいな演奏に感想を述べた。

「・・・?」の表情。

「そのままじゃなくて・・・」

でも演奏は変わらなかった。

“フェイク”は通じなかったのね。

トランプのせいだわ!あまりしょっちゅう“フェイクフェイク”ばっかり言うからー

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タヒチの海を独り占めした写真がある。青い、広い海にいるのは私だけ!

30年前の写真である。

モダンタヒチアンがかすかに聞こえ、あとは波の音と潮風の香ばかり。

当分平城山の気分には戻れなかったっけ・・・

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スマホ熱中症てのがあるそうで・・・

交替の寿命が短いのですぐまたかかる?やれやれいつになったら安心して外へ出られるのやら、

 

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楽器に触る前は必ず手を洗う=弾き終わったら楽器をきちんと拭く!  

楽器の上って、猫も歩くのだから・・・

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行きたかった!アンドレ・シフのコンサート

ベートーベン、オケと一緒でもあの美しいピアノの音色!

中止になってしまった。おそらく最後のチャンスだったろうに、

 

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夏の朝朝露の臭いを嗅ぎながらの散歩は気持ちがいい、。

毎日すればいいのだが・・・・・・

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音楽やっているとやれトニックだドミナンとだとならったりして、曲の終わりは大抵終止形でないといけないと思わされてきた。”何だかヘンなの“と漠然と思ったのはテレビの競馬中継。

競馬は各地でいろいろな冠レースがあり、それぞれそのテーマファンファーレがあるのだ。

トランペットが、これから始まるレースへの高揚感、あたるかもしれない期待感、「あたってくれ!」の願い、そして「さあ来るぞ来るぞ!」の思いがわずか20秒の間にもりあがる!そのあと出走まで無駄な時間はない。“各馬一斉にスタート!”ドドドドド-----

賭けてもいない私まで興奮する、なかなか素敵な瞬間である。あとは、ゴール直前の馬の競り合い。鼻ひとつ差が出るかどうか------んやはり興奮してきた。

直接体験したのは1回しかない。本番?とんでもない。JRAの表彰式パーティで棒を振っただけのこと。その気分に入りきれなかった意味で私は失格だな、と後で思った。なんとも不思議な曲で、それまでいろいろ体験してきたはずなのに、“ようわからん”-----------競馬は正直見たことなかったし、セレモニーなどあることすら知らなかったのだから。

音効的なものでも何でもだいたいキイがあってその中で終わっているものだったのがとんでもないところへ吹っ飛んで行って終わるのだから。今思うと面白いし、その意味も分かる。が、当時はタクトを落とさんばかりに驚いたものだった。

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鍵盤の上に覆いかぶさるようにして弾く人がいる、こういう人は歩くときも前かがみ、というか顎が少し前へ出る。日本人の場合特に両肩も前へ傾いでいる。

かと思うと反対に驚くほど姿勢の良い、背中に一枚板が入っているのではないかと思わせるような人がいたりする。自分は子供のころから猫背だから何も言えた立場ではないが、西洋人男性でちょうどいい肉付きのちょうどいい姿勢のピアニストっているんですよね。名前は出しませんけど。音楽はもちろんだがそのほれぼれする演奏姿!適度な揺れ、適度な表情の動きおおいかぶさるなんてことはなく、かといって天井を仰ぐこともしない、いやぁ素敵だわ---------だれだかわかるでしょ?

 

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心を込めて目いっぱい情感豊かに・・・なのでしょうか??

ピアノを抱き込むようにして弾くタイプの人。

音楽はともかく、ずっとそれじゃ肺がつぶれますぞ。

両肩をすぼめっぱなしの人。ずっとそれじゃ首と背中がメリメリになりますぞ。

こどものうちからそういう感情移入ポーズはぜひともしないように。

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大事な楽器ならピアノの中に鉛筆やら消しゴムを転がし入れないこと

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鉛筆、いつから4Bが普通になったの?

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街の楽譜屋さんにスコア用紙って売ってないの?

打ち込む前に書いて歌ってごらんなさい

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“ 親切の臨時記号”っていつから付くのが当たり前になったの?

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黒鍵は5つで白より少ないのにどうして難しいの?

数の多さだけの問題ではなくて、そこにはスケールの重要性在り。

どのスケールもなめらかに経過してゆくにはどうしても黒鍵の音を必要とするのです。

人間の5本指のかたちは扇形に広がっているのでそのカーブに沿った弾き方をするのが自然。

白から黒へ上るより、黒から白へ落ちる方がラクでしょう。指順もそれを考えて組むと弾きやすく

なり黒の存在の意味がなっとくできるはずです。

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早いフレーズをかっこよく弾きたい

どうぞ弾いてください!かっこよくね。

トリラ―でもスケールでも美しくかろやかに。練習あるのみです。

それとは別に重厚な音、深い響きも出る様これも練習しましょう。

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よく耳にする“真ん中のド!”

鍵盤の真ん中にあるので?

少し前の話=切腹をする羽目になった。腸閉塞である。

本人はもちろん苦しいばかりで何もわからず切られていたわけだが、しばら~く経って傷跡を見てびっくり!ちゃんとお臍をクルリとよけた立て割りになっているのである。へえ~と感心していて友人に話すと、「俺なんか臍のど真ん中一刀のもとに断ち割られてるよ!」だって。

これって男と女の差?

ピアノはもちろん体の中心あたりの「ド」をさすのだが、“真ん中”と言われたからといって、ちょうどお臍のところへ「ド」がくるようにズリズリずれて座ろうとするこどもっているのよね。

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最近よく使われる言葉「タグ」

あれシャープじゃない!?

 

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一つの停留所に2本のバスが止まることになっているようだ。行き先が二つ書いてある、どちらでもいいからとそこで待つことにした。“遅いなあ・・・”なんと私の乗る方は一時間に1本のローカルペースだった。

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名前自体が美しい響きのする音ってある。レッスンの時などに、“あ、そこハ―ね”といわれるのと

“ビーね”と言われるのじゃ、同じ直されるのでも気分が違う。

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“いっちにいさんしー”というカウントでやってきた人はペダルも“いっち”で踏んでいる

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最近はやりの“リモートレッスン”なんだかロボットみたいで-----サウンドが

on line lesson ならまあ納得できるか-----

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コロナのせいで“おうちのピアニスト”はたくさん増えますね

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いつのまにか近所のお医者様の看板がなくなっていた。

直接の知り合いではないし関わりもない。しかしものすごく悲しい。

医者という大事な仕事をしてきた人がなぜ、どうしてしまったのだろう。

もちろん事情はいろいろあるのだろうけれど・・・悲しくなって、不覚にも道端で涙してしまった。

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近所に声楽家がいる。この人の練習しているところは見たことがない。声だけだ。

さてどんな顔になっているだろう? 佐藤しのぶさん島田裕子さんら女声との練習が多かったが、いかに体を使っているか、つまり体全体を共鳴箱にしているかがわかる。お腹は当然ながら背中、そして頬骨。頬骨をぐっと上げて、脳天に声をぶつけるのだそうだ。そして体全体に響かせる-----

ご近所さんも若いわりに深みのある声でけっして不快ではない。名のある人で高い声が出る人でも平べったくてキーンという声質の場合、どちらかというと逃げ出したくなる私。日本人の声そのものが決して奥行きのある丸い声ではないと私は思うのだが、ご近所さんもこれから歳を重ね、深みを増してゆき素晴らしい声楽家になることを願う。

 

 

ひょろりと細いからだにやはり細めの衣をまとった、というよりぶら下げた態の、およそ色気のない植物に目が行った。色がきれいでも。香りが良い訳でもない。植物は大好きだが、このテの木を買おうなんざ考えたこともなかった。背の高さ1mあるかないか。その名を  ?  チンとかいう。

重い鉢植えを必死で持ち帰ったのだから相当気に入ったということだ。

ポイントは“なよ腰”。スイとのびた幹が妙に色っぽくカーブしているのである。乾燥していて艶はない。オランウータンの髪の毛(じゃ悪いな)のごとく、長くて濃い緑の葉が上へ行くにしたがって重なっている。さっきもう一度調べた、名はコンシンネンだそうだ。

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朝窓を開けるようになったら、時折“ぐるるる、ぐるぐる”と聞こえてくる。1年ぶり。

なかなか穏やかな初夏の光景だわいな-----また来たのね-----ものまねカラスの仕業。

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オクターヴが届くまで

・親指の先と小指の先が鍵盤に届くようになる

・両方で鍵盤を触れられるようになる

・第一関節で引っ掛けられるようになる

・何となく2音を鳴らせるようになる

・ゆっくりでなく上から打ち下ろすことで少しでも音がなるようにする

・はっきりと2音を鳴らすことができる-----------ここまでに成長する時間が要ります

・同時に親指と薬指で遠くまで届くよう練習

・完全にオクターヴ2音を同時に打鍵できるようになる

・焦らず毎日両手の開き具合に注意しながら練習を繰り返す

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手を開いて行く練習はアスリートのようなつもりで折に触れて務めることが必要。

デリケートな場所であるから、無理せずにゆっくりと努めること

手先だけに集中するのではなく首、肩 肘、背中 と順次和らげてほぐしてから行うこと。

肩など後ろへ神経を持って行くように。まえで固まっていてはいけない。

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息を止めて力んで弾かないこと。これも体を壊します。  

おおらかに大きなうねりの中で弾いている感覚をもちましょう。

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機械的同じ速度ならスムースなアクセル・ブレーキも身につけましょう​。

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無理でない程度に大小の音の使い分けを練習する

ショック!パニック! 低域を生かして振動やうねり、そして広域のショック!

いつも同じ程度の音量で弾いていることに気が付かなくなっていることが多いです

自分の音量の幅を知ること。自由に使い分けができること

大きい音は出せても柔らかい小さい音が出ない、とよく言います。

​                                                                    ・・・

フレーズをひきながらこの調節ができることで、うねりや流れが演出できるようになります。

がんばりましょう。

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なつかしさにひかれて------はよくあるが、おかげで何度も失敗した。

その時代その時によって向こうもこっちも状況は違っているのだから同じ体験になろうはずがない。

昔味わった美の記憶が突如よみがえり新たな感激をよぶ!なんザめったにあることではない。

「文旦」がそれだ。近くで開かれた朝市で見つけ、ときめいて買ってきた。見てくれはあまり美しいとは言えないが、においといい独特の苦みと甘さは都市生活者にとってはたまらない魅力だ。

綿のようなか衣をはがしていよいよ薄皮を剥く段になるともうたまらない!

この薄皮と身離れが悪くて=プリっと向けるのは八朔やグレープフルーツ=そこら中汁が垂れて、手も顔もTシャツも汚してしまった。

ン、たしかに文旦だ。

おばあちゃんはこうして一袋ずつ丁寧に苦労して、お皿いっぱいむいてくれたんだ。

何十年前の話だろう・・・?

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「いいんじゃな~い?」

弾き終わるといつも必ずこう言うので有名な先生がいるそうだ

レッスンで先生に何を言われるか?びくびくしている生徒は多い。

これは今日の演奏を認めてもらえたかどうか?練習の成果の良しあしが評価される一瞬で、生徒にとっては緊張も緊張、そこにお母さんが一緒にいようものなら、胃が痛くなるようなときのはず。

「いいですね」あるいは「よくできました」の桜マークが欲しいところだ。

この良いとも悪いともつかない感想の言葉は罪作りだ。褒められたと受け取る人もあれば、どうせ評価に値しない程度なのだと受け止める人もいる。先生になんら「感」を与えていない単なる雑音でしかなかった、と言っているようなものだ。ならいっそのこと「特に何も感じなかった」と言った方が親切だと思いません?

 

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褒めて育てることこそ最良の道=勉強もおけいこも

さて、これはいかがなものでしょう?

褒められるのは気分がいいし、一層の励みにもなるでしょう。

いいところはどこか?なぜ褒められているか?が本人にわかるように褒めなくてはダメです。

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「打鍵のスピードがねえ~」と言ったら、

「え?叩いていいんで

 

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大人の、しかもピアノの先生が

両手ともしっかり同じ力で。力が違っちゃいけませんよ。特に左手は弱いんですから-----

                                  

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ご注意

このエッセイは、田代ユリが過去に現在に日々感じたままに綴ったものを管理人が公開しているものです。田代ユリの言葉ではありますが、田代ユリが直接公開しているものではありません。

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